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【平成28年度発掘調査】別所平遺跡 第5次調査ほか

公開日:2017年02月08日

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別所平遺跡 第5次調査ほか

別所平遺跡は、大字大河原地内、名栗川(入間川)右岸の河岸段丘上に広がる縄文時代中期中葉から後葉(約4,500から4,200年前)にかけての集落遺跡です。

今回の発掘調査は、(仮称)飯能大河原線の整備に伴い平成26年9月から28年10月まで、約2年をかけて実施しました。

調査では、縄文時代中期の竪穴式住居跡が100軒以上見つかり、石蒸し調理施設である集石土坑(しゅうせきどこう)やお墓・落とし穴等と考えられる多数の土坑などが見つかりました。遺物は、縄文土器のほか打製石斧・石鏃などの石器類も発見され、総量はミカン箱250箱を超える量の遺物が出土しました。

  • 遺跡の空撮写真です。北東から南西を見ています。道路が延びている谷には、大沢川が流れ、調査区は谷出口の緩斜面である様子がわかります(入間川は写真右手)。

  • 5次調査区の掘り終わった状況です。大きい円は竪穴式住居跡で、複数の住居跡が重なりながら見つかっています。

  • 住居跡が重なっていますが、それぞれの住居跡の床の高さ(地面からの深さ)が異なっているのがわかります。発掘調査では、このような平面での観察に加えて、住居跡に埋まっている土『覆土(ふくど)』を観察することで、住居跡がどの順番でつくられたのか、どのように埋まっていったのかなどを調べることができます。
    また、住居跡の中に見える大きい円形の穴はお墓と考えている土坑です。

  • 縄文時代中期の竪穴式住居跡です。直径約6mの円形で、中央に炉、外周には柱穴が並んでいます。中央の炉は石で囲み中央に土器を埋めた『石囲埋甕炉(いしがこいまいようろ)』になっています。

  • 住居跡を調査すると、写真のようにたくさんの土器が出土します。住まなくなって窪地となった住居の跡に壊れた土器などのゴミを捨てた結果と考えられています。

  • 住居跡を調査すると、写真のようにたくさんの土器が出土します。住まなくなって窪地となった住居の跡に壊れた土器などのゴミを捨てた結果と考えられています。

  • 底に穴を開けた土器が逆さまに埋められています。『伏甕(ふせがめ)』と呼んでいます。これも縄文時代の墓坑に埋められたものです。
    死者の魂が天へ抜けられるようにとの願いが込められていると考えられています。

  • 集石土坑と呼ぶ、縄文時代に石を使って蒸し焼き調理をおこなった跡です。地面に穴を掘ってそこに河原石を詰て使用したものです。

  • 石を加熱し、その石で食べ物を蒸し焼きにしました。石は加熱冷却を繰り返した結果、細かく割れ、赤く変色した状態で見つかります。

この記事に関するお問い合わせ 教育委員会 教育部 生涯学習課
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