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名栗くらしの展示室

公開日:2018年05月20日

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名栗くらしの展示室

名栗空撮
名栗地区の人々は、長い間、森林を大切に育み、森林からの恩恵を受けて暮らしてきました。そこには森林とともに生きていく生活が続いていました。
旧名栗村では、昭和57年度から58年度にかけて生活や生業に使われていた民具(民俗資料)を収集しました。これらの民具は高度経済成長期以前の環境と暮らしが共存していたころの生活様式を今に伝える貴重な資料です。これらの資料を積極的に活用し、地域の活性化やさまざまな交流を生みだすことを目的に創られたのが「名栗くらしの展示室」です。

展示だけではなく体験を重視した展示室です

体験

「名栗くらしの展示室」は、展示を見るだけでなく、昔の道具を使用した機織り、麦の脱穀、うどん作りなど、体験を通して過去の生活を学ぶことのできる場となることをめざしています。

博物館、名栗公民館で企画する講座やエコツアーなどを通してこれらを体験することができます。

いろいろな活用や交流が期待できる展示室です

地域資源
「見る」だけでなく「体験」を通して学べる「名栗くらしの展示室」。今後、地域の人々が歴史を受け継ぐ場としてはもちろん、名栗地区にある地域資源との組み合わせで、観光資源としての活用や都市部の人々との交流が生まれる場など、地域活性化に資する施設をめざしています。

利用案内

・開室時間   午前9時~午後4時30分
・休室日    土曜日・日曜日・祝日・年末年始
         (ただし、事前に博物館へご連絡いただければ開室いたします。)
          ※連絡先 飯能市立博物館 042-972-1414
・見学料    無料
・所在地    名栗地区行政センター 2階
         飯能市大字上名栗3125番地の1 

展示案内

展示室案内図
「名栗くらしの展示室」は階段部分の導入展示「名栗の風景」、シンボル展示「西川林業」、名栗の歴史をパネルで紹介する「歴史の回廊」、炭焼き、養蚕・機織り、麦づくりといった名栗の生業などを紹介する「くらしの展示室」で構成されています。

名栗の風景

名栗の風景コーナー
名栗地区行政センターには階段が2か所所ありますが、図書館側にある階段の1階から2階にかけての壁面に「名栗の風景」コーナーがあります。
ここでは、名栗地域の代表的な場所の風景の古写真を階段の壁面にパネルで紹介しています。

シンボル展示「西川林業」

シンボル展示コーナー
名栗地域での主産業であった林業の道具をシンボル展示としました。
壁面は杉板とし、「育林」、「伐採」、「搬出」、「加工」の一連の工程を展示しました。
壁面中央にあるノコギリは前挽鋸(まえびきのこ)という、太い丸太を板にするためのノコギリです。
手前はソリで、材木の運搬に使用されました。

歴史の回廊

歴史の回廊コーナー
2階の廊下の片側の壁面は杉板張りとなっており、ここでは原始・古代から飯能市との合併までの名栗の歴史を12枚のパネルで紹介しています。

くらしの展示室

展示室全景
約60平方メートルと決して広い展示室ではありませんが、シンボル展示の「林業」以外の主な生業であった「炭焼き」、「養蚕・機織り」、「麦づくり」のコーナーに分けて主な道具を展示しています。
入口には市指定文化財の板碑(いたび)を展示しました。

図像板碑(市指定文化財)

板碑
部屋に入ってまず見えるのが、この板碑です。
板碑とは青石(緑泥片岩)でできた板状の石塔です。死者への供養や、生きているうちに自らを供養することを目的とし、中世に盛んに造られました。
この板碑は阿弥陀三尊の姿を刻んだ図像板碑で、下半部に刻まれた文字から庚申講供養のために造られたことがわかります。名栗の中世を語る上でかけがえのないものであり、「名栗の宝」と言えるでしょう。

炭焼き

製炭
名栗の山々では、杉や桧などの植林が始まるより以前から、炭焼きが盛んに行われていました。天然林や焼畑を放置した土地から生えた雑木を伐り、炭にしていたのです。炭は飯能の炭問屋に出荷し、ここで米や麦などの食料を買い求めていました。木材生産が盛んになる以前は炭焼きが名栗の生活を支え、それ以後も木材とともに経済の中心を担ってきました。
炭焼きの作業自体は主として男性の仕事でしたが、焼き上がった炭の俵詰めや炭俵の背負い出しは女性も手伝いました。また、炭俵の原料となるカヤ刈りとその運搬は主に女性が担い、炭俵編みは女性や年配者の仕事でした。
かつて老若男女すべてが炭焼きに関わり、山村の経済を支えていた様子を展示しました。

養蚕・機織り

養蚕
養蚕とは、蚕を飼って繭を生産することで、できあがった繭からは生糸(絹)をとります。短期間で現金収入が得られるため、かつてはほとんどの農家で行っていました。
養蚕は主に女性の仕事で、名栗でも昭和まで綿々と続けられ、経済の推進役を担っていました。
昭和25年には名栗村内に100戸近くあった養蚕農家も、昭和40年代から激減、昭和60年には1軒も確認出来なくなってしまいました。
ここでは養蚕と糸取り、さらに機織りまでの工程を展示しました。ちなみに機織り機は実際に体験にも使用します。

麦づくり

麦づくり
名栗の耕地は畑地のみで、水田がありません。米は買い求めないと手に入らない貴重品であり、日常の主食は大麦を混ぜたムギメシ(麦飯)でした。このため、大麦が畑での主要な作物でした。
名栗村の大麦と小麦の作付面積の変遷を見てみると、大麦は昭和30年をピークに激減し、昭和45年以降は作られていません。一方、小麦は昭和35年を境に大麦の作付面積を越えましたが、その後は減少し、昭和50年代にわずかに見られる程度となり、その後作られなくなりました。
今では見られなくなった麦づくりの様子と、脱穀や調整などの資料を展示しました。

「名栗くらしの展示室」ができるまで

展示室ができるまで
旧名栗村では、飯能市と合併する以前の昭和57年度から58年度にかけて村内の民具を収集し、村役場旧庁舎に展示していました。
飯能市との合併後、これらの民具は郷土館(現・博物館)が管理することとなりました。旧庁舎は老朽化が進んでおり、このまま放置すると資料に影響が及ぶことから、その保存と活用について早急に対処する必要がありました。
平成22年度には、これらの資料を再整理し目録を作成した上で、隣接する旧名栗森林組合事務所に移動させました。
平成23年度には名栗地域内の有識者等からなる「飯能市名栗民俗資料室資料保存活用検討委員会」を立ち上げ、協議を重ねました。この結果、名栗地区行政センター2階のロビーと元名栗村史編さん事務室の一部を改装して展示をすることとし、平成25年度から工事や展示作業をすすめ、その結果、平成26年6月22日に展示室がオープンしました。

復活した民具

民具修理

体験を通して学んでいただくためには、実際に使用できる状態でないとなりません。

しかし、長い間使用されていなかったことから、破損していたり、部品が足らなかったり、もろくなっていたりと、そのまま使用できるものはあまりありませんでした。
このため、一部の民具は、部材の調達、痛んだ部品の取りかえ、補強などをすすめ、使える状態に復元しました。
眠っていた民具が、まさに「道具」として目覚めたのです。

この記事に関するお問い合わせ 博物館
電話番号:042-972-1414 ファクス番号:042-972-1431

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