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奥むさし駅伝競走大会とは

公開日:2020年06月01日

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奥むさし駅伝競走大会(おくむさしえきでんきょうそうたいかい)

奥むさし駅伝競走大会

毎年1月最終日曜日に埼玉県飯能市および日高市で行われる駅伝大会。

飯能市の新春を飾る風物詩であるとともに、飯能スポーツ界の一年をスタートさせる大会。

風光明媚な国道299号の奥武蔵路、通称あじさい街道を6人が襷をつなぐ。


1952年(昭和27年)に「奥武蔵駅伝競走大会」の第1回が開催され、1999年(平成11年)の第48回大会まで行われていたが、交通事情を理由に一時中止となった。2003年(平成15年)から距離等が変更され復活をし、「奥むさし駅伝競走大会」に名称を変更した。

コース

飯能市の東飯能駅西口前をスタートし、国道299号の山道を登って西吾野駅で折り返し、飯能銀座通りまで下る38.8km、高低差120mの「山登り」「山下り」さながらの起伏に富んだコースである。


第1区 東飯能駅(東飯能駅西口前)~東吾野駅(東吾野駅入口)       9.9km

第2区 東吾野駅(東吾野駅入口) ~吾野駅(法光寺山門前)        5.5km

第3区 吾野駅(法光寺山門前)  ~西吾野駅(西吾野駅入口)折り返し   4.3km

第4区 西吾野駅(西吾野駅入口) ~吾野駅(奥武蔵中学校下)       4.5km

第5区 吾野駅(奥武蔵中学校下) ~東吾野駅(東吾野駅入口)       5.2km

第6区 東吾野駅(東吾野駅入口) ~飯能市内銀座通り(きもの処かきぬま前)9.4km

歴史

第1回奥武蔵駅伝競走大会が開催されたのは、昭和27年(1952年)1月27日であった。

当時戦後の復興が大きく回転しはじめたころとはいえ、大戦の傷跡を多く残しながらも、国民生活は徐々に向上の兆しを見せはじめた時代であった。第2次世界大戦の講和条約の締結、国際オリンピックの復帰承認など、政治・経済、文化の各方面に渡って明るい話題の重なる中で、国民のスポーツやレクリエーション活動への関心も大きく膨らんでいった。

当時の飯能町では、スポーツを通して明るい活力に満ちたまちづくりのために、奥武蔵の自然を生かした駅伝大会を開催する構想が浮かび上がった。しかし、各地方の自治体や公共団体では、いまだ駅伝大会のような行事の開催の気運はほとんど見られなかったものの、とにかく全町を挙げてこの大事業に取り組み見事に成功をおさめた。以来、連続48回の歴史と参加400チームを数えるまでの大駅伝に発展したが、平成11年(1999年)第48回後交通事情を理由に一時中止となった。しかし、平成15年(2003年)に距離等の変更により「奥むさし駅伝競走大会」として復活を遂げた。

「奥武蔵駅伝競走大会」は現大会よりも走行距離が長く正丸峠手前で折り返す約42kmのコースであった。

この記事に関するお問い合わせ 教育委員会 生涯学習スポーツ部 スポーツ課
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