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もっと詳しく!飯能戦争⑤佐土原藩隊長・樺山舎人の肩章

公開日:2021年01月06日

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佐土原藩隊長・樺山舎人の肩章

 これから何回か、新政府方として飯能戦争に参加した諸藩を紹介したいと思います。飯能にやってきた新政府方は岡山・川越の両藩を除き、すべて九州の藩でした。この中で、野田村から、仏子を経て飯能の町を南から振武軍本営が置かれた能仁寺へ向けて進軍したのが、大村・佐土原・岡山の3藩です。
 このうち佐土原藩兵を率いていたのが、隊長で家老の樺山舎人(久舒)です。写真は、戊辰戦争の時に彼が付けていた肩章で、錦布の表には「慶応四年戊辰三月 官軍東海道先鋒 佐土原藩 樺山舎人久舒」、下の白布には大総督府の朱印が捺されています。樺山は後に叙爵のために作成した「略歴譜」(横浜開港資料館所蔵)の中で「武州飯野(能)ニ於テ脱走ノ賊徒撃戦ス」と書いています。飯能にやってきた彼の袖には、この肩章が付けられていたかもしれません。
 佐土原藩は、実質的には薩摩藩の支藩であったため、幕末・維新期には同藩と終始行動を共にし、薩摩・長州・大村の3藩とともに東海道を江戸に向かって進軍しています。樺山はその総督(隊長)でした。彼は薩英戦争に参加し、またイギリスとの賠償金交渉に両者の仲介役として臨むなど、歴史の大きな転換点に立ち会ってきた武士のひとりでした。現在は宮崎市内になっている佐土原からはるばるやってきた彼の目には、飯能の風景はどのように映ったことでしょうか。
佐土原藩隊長・樺山舎人の肩章




※本ページは「That's郷土館平成24年6月号」を転載したものです。

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