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もっと詳しく!飯能戦争⑥新政府方を率いた男・渡辺清左衛門

公開日:2021年01月06日

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新政府方を率いた男・渡辺清左衛門

 今回ご紹介するのは、飯能戦争で扇町屋に集結した新政府方の5つの藩-大村・佐土原・福岡・久留米・岡山-を率いていた大村藩の渡辺清左衛門です。

 大村藩においても幕末期には尊攘派と佐幕派の対立があり、清左衛門は尊攘派の中心であった「三十七士」に名を連ね、慶応元年に長崎で英式操練イギリスの兵書を学ぶため藩命により長崎に派遣されます。これによって大村藩は慶応2(1866)年7月に兵制をイギリス式に改め、清左衛門は、藩士の二三男で剛毅な者によって結成された「新精隊」の隊長となりました。そして慶応3(1867)年6月9日、その新精隊を中心とする藩東征軍一番隊125名を率いて、長崎を出発し大坂に向かいます。

 伏見の戦いに参加したあと東海道を進撃した大村藩は、3月に江戸に入ります。彼が大総督府下参謀を命じられ、大村・佐土原・福岡・久留米の4藩兵とともに江戸を出発し、田無から飯能へ向かったのは5月21日のことでした。

 清左衛門は、飯能戦争の後、奥州を転戦し明治元(慶応4)年12月に大村に凱旋します。名を清と改めた清左衛門は、この戊辰戦争での勲功により、福岡県令、元老院議官、福島県知事などを歴任したほか、明治20年には男爵に叙されます。明治14年に大村を離れ東京に移った渡辺清は、明治37年12月に70歳でこの世を去るのです。

 

【参考文献】『大村史話 中・下巻』・『大村市史』・『明治維新人名辞典』

新政府方を率いた男・渡辺清左衛門




※本ページは「That's郷土館平成24年9月号」を転載したものです。

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