本邦帝王切開術発祥の地 (市指定・史跡)

更新日:2023年03月03日

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嘉永5年(1852)4月25日、秩父郡吾野村(現飯能市)坂元で秩父の医師伊古田純道(いこだじゅんどう)と地元南川の医師岡部均平(おかべきんぺい)によってわが国初の帝王切開術が行われました。お産は難産で胎児は死亡し、母体も危険な状態になったため、家族の了解を得て急遽、帝王切開術を行ったものです。手術は成功し、患者は88歳の長寿を全うしました。

伊古田純道は、当時翻訳されていた産術の蘭学書『撒羅満氏産論(さらまんしさんろん)』を読んでおり、それを実行したものと考えられます。伊古田純道は、後にこの手術のことを記録に遺しています。なお、伊古田純道と岡部均平は、どちらも都幾川村(現ときがわ町)番匠の医師小室元長・元貞父子から医術を学んでいます。

岡部均平の家は、祖父・父も医師であり、代々地元南川で年番名主を継いだ家柄で、均平も名主として功績を残しています。

現在、手術が行われた地には「帝王切開術発祥の地」の記念碑が建てられています。

本邦帝王切開術発祥の地

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